ふるさとの史跡をたずねて【159】鶴亀講の碑(因島中庄町金蓮寺)

末広講に続けて、鶴亀講の話である。こうして並べて書いてみると、プラモデルを作っていた頃を思い出す。調べてみると、瑞鳳とか鳳翔、翔鶴、祥鳳などというのは空母(航空母艦)の名前だったらしい。大和、武蔵などの国の名前から始まって、山や川、それに朝霧、八雲、叢雲などという気象用語まででてくる。何でもない言葉が船の名前になると急にかっこよくなる。それに鳳翔、翔鶴、祥鳳などを使うとさらに楽しい。

弘化4年(1847)に始めた大師講に鶴亀講という名前をつけたのも、悪くない。四国霊場等へお参りすれば家は栄え、幸せがやってくるというようなイメージを与えたことであろう。あるいはそういう願いがこもっていたと考えるべきであろうか。

こうして見ると昨今の元号や団体名にこういう字が使われないのは欲が無さすぎるように思える。もっとも、画数が多くて手書きには時間がかかって嫌われそうではあるが。

さて、金蓮寺の山門を入ってすぐに左側を振り返ると、鶴亀講の碑がある=写真。それには、中庄村の松浦滎吉さんが弘化4年に作り、四百人もの会員がいたことが書かれている。また、寄付金で田畑を買い、それから得られるお金で年に数人ずつ籤(くじ)で選ばれた人が、伊勢神宮、永平寺、四国霊場へお参りしたことも記されている。

鶴亀講を手本に、すぐに重井村でも同じような講が作られた。それが弘化4年の春というから、中庄村ではもっと早くから動きがあったものと考えられる。

重井村の講は嘉永4年(一八五一)に末廣講と名称を変えている。それまでは弐(二)百人講と呼んでいたのだろう。二百名を超えたので名称を変え、慶応三年(一八六七)には四百名を超えた。両村とも四百名を超える団体になっているのだから、庶民の要求にあっていたのだろう。そして何よりも村社会が安定していたということがよくわかる。

(写真・文 柏原林造)

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