碁打ち探訪今昔四方山話【34】「耳赤」のエピソード(5)起死回生の一石三鳥の妙手

秀策青年の芸道秀逸
 この対局から3年後の嘉永2年2月。幻庵因碩は中国筋を行脚の途中、尾道を訪れ、豪商橋本竹下茶園で町の人の問いに答えて「秀策の芸道は秀逸。18歳にて既に上手(七段位)の域に達する力を備え、その上、今後どれぐらい強くなるか計り知れない」と高く評価したことを秀策打ち碁百局を集めた石谷廣策(広二)五段の編集した「敲玉余韻」に記している。


 この本は四冊に分冊されており、その第三冊の弘化3年8月27・28・29日に対局の因碩、秀策の棋譜最後の欄外に次のように書き入れています。
 「今慈ニ井上氏(幻庵)備後尾道橋本氏ニ至ル、人アリ秀策を問フ、先生曰ク、策ハ芸道秀逸ニシテ既ニ上手ノ地位ニ及ブ、後殆ンド測ルベカラザルナリ、人嘆ジテ去ル。
閑話休題 こうして秀策は途中、遠江国など各地で転戦しながら9月中旬無事江戸に着いたのですが、道中で肝を冷やすできごとに遭遇しました。
 この度の出府は兄直太郎(和三)を伴っていました。東海道五十三次の、とある宿場に泊り込み翌朝はわけあって早立ちを告げて床につきました。東の空があけてきたので女中に起こされ二人は大急ぎで朝食をすませて宿を出ました。
 ところが、しばらく歩いてからあたりの様子がおかしいことに気が付きました。東の空にはまんまるい月が上がってきたのです。そして夜はますます更けてゆく気配です。女中が月の上るのを夜明けと間違えたらしいのです。
 今更引き返すわけにはゆかず明るいうちにさけて通り抜ける予定だった「鈴鹿の森」にさしかかりました。刑場跡で強盗の巣になっているところです。
 案の定、ゆくてに焚き火を囲んで大声で話し合う声が聞こえてきました。兄直太郎は「虎次郎、引き返そう」と袖を引っ張ります。しかし虎次郎(秀策)は「今となっては逃げれば追跡される。それより機先を制した方が良策」と焚き火の輪の中に入り込んで一礼した。怖れる風もなく山賊の前に進み、ていねいに挨拶して衣をひろげて暖を取り、煙草に火をつけておもむろに「夜の旅の事故、大変ありがたく暖をとらせていただいた」と礼を述べてゆうゆうとその場を立ち去り、後を振りむこうとせず先を急いだ。山賊衆はすっかりどぎもを抜かれ互に顔を見合せ何事もなかったという。
 秀策は、このように少年のころから起点に落ち着きがあり物に動ぜぬ風格があったと秀策の甥にあたる桒原寅四郎さんは子孫のために書残している。
(庚午一生)

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