碁打ち探訪今昔四方山話【33】「耳赤」のエピソード(4)起死回生の一石三鳥の妙手

耳赤3日がかりの碁

当時としては時間制限もなければコミもありません。プロ・アマの段・級位は同格でした。因碩八段に対し秀策四段の最初の一局は黒2目で打ち、あまり時間をかけずに打ち掛け(勝負中断)、都合5回の対局のうち秀策3勝二度の打ち掛けがあります。昔は上手の白が、都合のいいときに一方的に打ち掛ける権利を持っていました。


2回目は「碁にならん」と因碩が秀策に黒先、つまり六段相当を認めて打ち直し。力の差からいって白、因碩が優勢に運んでいました。雲行きがおかしくなったのは秀策の「27手耳赤」の妙手です。

この手のすばらしさは一石二鳥にも四鳥にもあたると絶賛され、秀策の生涯には大局観に裏付けされた妙手が少なくありません。耳赤の妙手の意味するところは

  1. 上辺黒地モヨウを広げた
  2. 攻められそうな下地に声援を送った
  3. 中央右側の白の厚みを消している
  4. 左辺の白に打ち込みを消している

―という一石四鳥がうかがえます。

この対局は3日間を使っています。それでは、なぜ「耳赤」かということですが、色々な説があります。この対局に医師が付き添っていました。数年前の本因坊跡目秀和との官賜碁所をめぐっての争碁のときも、因碩の下血で中断という悲運にあっている。それにしても秀策は本因坊家が三原藩主からの預り弟子。その秀策相手に医師まで付けての対局だから因碩の本因坊家への対抗意識は隠居後も消えていなかったことが読みとれます。
黒27の耳赤の一手は秀策がかなりの時間をかけ考慮して打った一石でしょう。待ちくたびれた因碩には衝撃的な一手でした。因碩の頭の中で考えたこともない一手だったことに違いありません。今度は因碩が考え込みます。その時、たまたま医師が対局室にいて、因碩先生が動揺して、やがて耳たぶが赤みをさしてきたのを見逃しませんでした。

人間は興奮すると血がのぼって頬が紅潮したり、のぼせたりします。耳が赤くなったのもそのせいでしょう。この様子を中川順節五段をはじめ井上幻庵先生の後援者らが控える部屋にもどって「秀策どのはここに打たれました。すると因碩先生の顔に赤みがだんだんさしてきて、どうやら先生、困ったような表情に見えました」と報告した。一同、黒27の一手を見て、愕然としたことが想像できます。

余談になりますが、現代の某一流棋士がこんな手ならいまなら誰でも打てるといったそうだが、この手を知っているからそんなことがいえるのだとその棋士は四面楚歌になりました。

(庚午一生)

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