碁打ち探訪今昔四方山話【31】「耳赤」のエピソード(4)起死回生の一石三鳥の妙手

安田秀策黒先で金星

秀策を黒定先と認めたのは十一世井上幻庵準名人八段の方からでした。この頃の手合い割によると対局ごとに黒をもつ二段差のハンディーです。安田秀策は芸州浅野藩士並みに増禄を受け本因坊家への入門はあくまで「預り弟子」で四段の免許を授かっていました。それを幻庵の独断で秀策を六段の定先で相手をさすのだから世間の人の口はふさがれない。


コミ碁が導入されなかった昔は手合い割が棋士の命でした。一段差違うごとに手合いが異なっていました。同格の実力を示す互先(黒白交互に打つ)▽先相先(先々先ともいい、黒黒白の順に、三番に二番黒をもち、実力差を一段とする)▽定先(単に先ともいい、毎局黒をもち二段差を示す)▽先二(先と二子を交互に打ち、三段差を示す)▽二子(常に二子を置き四段差)

江戸後期は四番勝ち越しで手合いが直り、同じ段なのに先相先や定先に打ち込まれると、はっきりと実力差が証明されたことになったようです。

ところで後世にのこる「耳赤の一手」は、二子から「黒先」の手合割りで始まった秀策―幻庵因碩の2局目でした。幻庵先生は「二子では碁にならん」と黒先に秀策の手合いを繰り上げるのだから世間の人たちをびっくりさせたことでしょう。このハンディだったら秀策の四段は六―七段に昇段したことになりますが苦戦です。厳しいハンディに耐え秀策必死の好局であるとともに幻庵にとっても劣らぬ佳局となったようです。

打ち掛けた二子局から先に打ち直しを申し出た幻庵に秀策をはじめ周りの者は耳を疑ったにちがいないが一局の打ち掛け碁で天才青年の実力を見抜いた炯眼にも恐れいる次第である。

対局は幻庵優勢で進んでいたところ秀策が長考のあげく打ったのが27。のちに言う耳赤の一手です。

< 大逆転の27 >
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(庚午一生)

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