本因坊秀策記念館 因縁の出会い紡ぐ 呉清源所縁の碁盤 中田旦子さんが寄贈

「昭和の秀策再来」「棋聖(碁のかみさま)」ともいわれる呉清源九段ゆかりの碁盤などの寄賜の申し出があり尾道市教育委員会は27日(月)午前10時から因島外浦町の本因坊秀策囲碁記念館で贈呈式を行う。

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寄贈者は元尾道商工会議所中田貞雄会頭の旦子夫人。長女の中田美術館長、富美さんたちは亡父が実懇にしていた呉清源先生と秀策先生とのえにしには因縁深いものがあるようで、亡夫、亡父が大事に所蔵していた呉清源先生の遺品が因島の本因坊秀策記念館のお役に立てば―と、関係者と相談の上で寄贈することになった。

寄贈される碁盤の一つは昭和55年(1980)9月20日、中田邸新築祝いに呉九段が贈った署名入り碁盤の使い初めを兼ねた「尾道商工会議所囲碁教室」を開いた時のもの。

もう一つは昭和59年、呉清源現役引退披露と古稀を祝う会で使用された碁盤と碁笥、碁石や棋譜、回想録特製版など。

1973年の十段戦出場後は対局から遠ざかり、古稀を迎え引退式はホテルオークラで行われ、記念の連碁にも多くの棋士が参加。その会に使用した記念の碁盤を中田さんがゆずり受け所蔵していた。裏面の呉清源、林海峯、大竹英雄という昭和―平成の頂点をきわめた名士の連名=写真㊤は、秀策あってこその「えにし」を欠くことはできない。そうした背景からも記念館の役割が一つ広がったともいえよう。

goseigen02呉清源 いがぐり頭に詰め襟という風貌が印象的だが、それ以上に漂泊の天才棋士として知られる。碁が強いばかりでなく、その理論は、体系化された哲学、独自の世界観とともに尊敬を集めている。

1914年中国福建省生まれ。清源は通称で、本名は泉。代々官職を勤め父親も官吏で、日本に留学していたころ方円社(日本棋院の前身)に通い囲碁を学んだ。帰国後、父は5歳の泉に四書五経を。7歳で本因坊秀策の棋譜集や御城碁の棋譜を中心に教えた。北京の碁会所に「天才児現れる」といわれ、北京の日本人クラブにも噂となり14歳で瀬越憲作に入門のち帰化。日本囲碁界に「呉清源時代」の旋風をおこし貢献した。

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