ふるさとの史跡をたずねて【94】小早川氏の墓(因島椋浦町)

小早川氏の墓(因島椋浦町)

一ノ城跡の北側、椋浦町内に小早川氏の墓がある。艮神社から西へ少し進むと、道端に説明板があるので、そこから畑の中に入ればよい。

五輪塔、一石五輪塔と「蒲刈小早川家先塋域(えいいき)」と書かれた碑がある。館跡もこの近くにあったと言われるが、その位置はわからない。北側の山の方だと思われるが特定できない。

因島村上氏は後年小早川隆景と密接な関係をもつが、この時期はまだ毛利家とは関係のない小早川氏である。その小早川氏が因島に来たのは外浦堂崎山で広沢五郎と大舘右馬亮の連合軍が敗退した後ということになるので、興国四年(1343)、北朝の年号では康永二年である。それ以後、地頭職や三庄領家職が与えられ、寛政二年(1461)頃まで因島を支配下に置いていたようである。その後は因島の村上氏の時代になる。

こう書くと、天授三年(1377)の釣島箱崎浦の戦い以降を因島村上氏の時代とする考え方との開きが気にかかる。仮に小早川、村上氏共存の時代があったとしても、少し長すぎるのではなかろうか。

(写真・文 柏原林造)

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