北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【17】

戦争が終ったら、父母が夢と希望を抱いて日本から移民して来た北米カナダのブリティッシュコロンビアのソルトスプリング島に戻る計画を立てていたオカノ・ムラカミファミリーは厳しい現実に直面します。戦後4年を経過して戦時中の規制がやっと解かれました。そして、選挙権やカナダ国内の移住の自由など市民権が日系カナダ人にも与えられ、一家はソルトスプリング島へ戻ります。だが、当然の権利であるはずの財産も土地もなくなり、もともと自分たちの土地であった開拓地も買い戻すことができません。お役人から島民全員から敵意の視線をあびながらの再起の一歩を踏み出しました。


一家にとっては、市民権をカナダに移したからには故郷へ戻ったわけなんですが、地元の人をはじめ国家警察や洗礼を受けた教会からさえも冷たい対応でした。荒れ果てたレインボーロードの開拓は大変でした。せっかく張りめぐらせた農場の柵を壊されたり、いやがらせや妨害に遭いながらも天からの恵みに感謝してひたすら新天地の開拓に力を合わせました。

これらすべての困難に直面してもムラカミ一家は立ち退きませんでした。敵対する島民たちや不平等さ、破壊行為、脅害、盗み、妨害してくる役人たちや新しく購入した土地の面倒な地形に直面しても耐え忍び、もう一度はじめから土地を片付け、農園を作り、そこでアスパラガスやベリー類、野菜作りに汗を流しました。

荒れ果てた日本人基地

彼らは戦後初めてのソルトスプリング島帰郷日系カナダ人だったが歓迎されていなかった。その裏付けの一つとして日系人の墓地が荒らされゴミ捨て場同然となっていました。墓石までぬすまれていることに心を痛めたオカノ・ムラカミ一家は日曜日に日本人墓地の掃除をすることにした。カツヨリは昔の記憶をたよりながら故人の名前を彫ったヒラヤマスギの墓標(卒塔婆)を作って弔った。それらの墓地は日系カナダ人の厳しい歴史を物語る軌跡として残されています。

こうして忍耐と勤勉な労働を続けた一家はソルトスプリング・アイランドのレインボーロード(写真)で再び生活を立て直し、根強い人種差別と偏見と闘いながら多くの人々から尊敬と信頼を得ました。

ソルトスプリング・アイランドのレインボーロード
Salt Spring Island Archivesより

(庚午一生)

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