北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【14】

世界大戦も大詰めに迫り日系カナダ人に二者択一の選択が与えられました。それは「日本を敵国として戦うか」あるいは「ロッキー山脈を越えて東側に移動するか」という内容です。


62代村上天皇の末裔に当たるというカツヨリ・ムラカミにとっては前者の条件を選ぶわけにはいきません。当然のことながら、いつの日か荒野を開墾して農場にしたソルト・スプリング・アイランドに戻れる日を夢見て積雪の深いアルバータのサトウダイコンの畑の仕事を選びました。註 砂糖大根、甜菜(てんさい)ともいい、サトウキビに次ぎ甘みが強い。ヨーロッパ原産で日本には昭和初期導入。主産地は北海道。

日系カナダ人の選択

アルバータに戻ったムラカミ・オカノ家は翌年には「終戦」を迎えていますが、敵国国民として資産を没収され、つらい立場に追い詰められていました。しかし、低賃金労働をしながら耐え、借金を抱えたカツヨリも生活を切り詰めてレストランを経営するようになります。そして6年間で借金を返済し、ブリティッシュカナダに帰れるほどのお金を貯めました。

そのころの第二次世界大戦(大東亜戦争・太平洋戦争)の戦況は、アメリカ軍の攻撃によって太平洋の島づたいに日本本土空襲も時間の問題となっていました。44年(昭和19年)7月に東条内閣が倒れ、翌45年(昭和20年)2月、戦争終結を主張する「近衛上奏文」を昭和天皇に進言したが却下。広島、長崎の原爆投下。8月14日、日本政府がポツダム宣言の受諾を連合国に通告。15日に昭和天皇による終戦の詔書により日本の降伏がラジオ放送された日を終戦の日と定めている。ところが戦勝国のアメリカ合衆国、イギリス、フランス、カナダ、ロシアは、ポツダム宣言に調印した9月2日を「対日勝戦記念日」(VJデー)と呼び、カナダは2005年に戦勝60周年を記念して「Victory2-9-45」と刻印されたメイプルリーフ銀貨を発行しました。

一般に戦争が終わったのは1945年だがアメリカ連合軍による日本は占領時代に入ります。


東京湾内に停泊中の米艦船ミズリの甲板で降伏文書(休戦協定)に調印する米国ダグラス・マッカーサー。

(庚午一生)

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