元広島カープ 鉄人・衣笠祥雄さんを偲ぶ

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「元広島カープ 鉄人・衣笠祥雄さんを偲ぶ」

観音寺住職 末通弘聡(尾道市因島三庄町)

観音寺住職末通さんと記念の衣笠氏サインボール

2003年、因島仏教会は、因島市制50周年を記念して元広島カープの鉄人・衣笠祥雄(きぬがささちお)さんを招き、因島市民会館で講演を行って頂きました。

なぜ、衣笠さんだったのか…それは、因島仏教会で誰に講演してもらうか、話し合いがあった際、私が、衣笠さんを推薦しました。

私は学生時代に広島市民球場でアルバイトをしたことがあります。衣笠選手が現役引退前のカープが今と同様に大変強かった時期で、衣笠さんは、ベテラン選手だけに若手より遅れてゆっくり登場。しかし、そこからが他の選手と違いました。先ず、グラウンドキーパーやスタッフの一人一人に帽子を取って深々と一礼し「よろしくお願いします」と、声をかけていくのです。名選手と呼ばれる人は、やっぱり凄いなと感心しました。

また引退後、たまたま講演を拝聴することがあり、この人の経験、考え、口調などに説法と通ずるものを感じ、素晴らしいお話が聞けるものと確信していたので、迷い無く衣笠さんを推しました。幸いご縁のある寺院もあり、快く引き受けて頂きました。

講演当日、衣笠さんを駅に迎えに行くと、新幹線から笑顔で降りてきて、私のような若い僧侶にも深々と頭を下げてくださいました。道中、衣笠さんが「若い頃、因島で試合をしたことがある…その場所は今、どうなっていますか?」と聞かれたので、「日立造船グラウンド」を望める場所に立ち寄ると、懐かしそうに眺めて「山陽本線と船を乗り継いできたことを思い出します。あの頃は移動が大変でした。」とおしゃっていました。私は因島との縁の深さを感じ、この人で良かったとつくづく思いました。

講演で、特に印象深かったのは「初優勝する年、勝つために、便所の下駄を揃えることからはじめました。それは、次の人のことを考えてあげること。野球も同じ、次のプレーを考えて動くことが大事です。そうすればチームの力が強くなる。一般社会も同じだと思います。」

このお話は、今でも私のお説教に使わせて頂いております。ここ2年広島カープがリーグ優勝し、私のお寺では秋の彼岸法要でのお説教は「カープ優勝説法」と題して、私は赤い優勝Tシャツを着て、衣笠さんのお話をさせて頂いております。

「鉄人・衣笠祥雄さん」本当にありがとうございます。ご冥福を心からお祈りいたします。合掌。

衣笠さん(左から7番目)を囲む因島仏教会の僧侶メンバー。因島市民会館入口にて。

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