碁打ち探訪今昔四方山話【15】東郷元帥と乃木大将 いずれ劣らぬザル碁

(前項につづく)―それでは東郷元帥右と乃木大将はどれくらいの棋力であったかと問われると棋譜が残っていないので誰も判定することはできません。そこで、年末年始にかけて囲碁にかかわる著書や散文をむさぼるように目を通していましたところ「乃木と東郷」(著者戸川幸夫・角川文庫)に出会いました。

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東郷平八郎元帥といえば、戦中派の国民にとって教科書に載っていた世界的に有名な名将でした。日露戦争でロシアのバルチック艦隊を日本海海戦で撃破した連合艦隊司令長官として旗艦三笠からZ旗を上げ「天気晴郎なれども波高し、皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」と檄を飛ばした場面を少年の頃に空想したものです。

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一方、乃木希典(まれすけ)大将は歩兵第一旅団長として難攻不落といわれたロシアの旅順要塞二〇三高地を攻略、水師営で要塞司令官ステッセルと会見、降伏文書にサインさせて名をあげます。このときの水師営の会見は「庭にひともとなつめの木、弾丸あともいちじるく…」と、小学校唱歌にもなって歌い継がれています。それほど旅順要塞の攻防は犠牲が多く出て乃木大将の息子2人も戦死するという悲劇の将軍として同情と国民的敬愛を受けました。

この2人の将軍が明治44年に明治天皇の名代としてイギリス皇帝の戴冠式に出席することになりました。当時、イギリスへの船旅は約40日かかります。この長旅を2人は毎日、碁を打って過ごした、と作家戸川幸夫さんは書いています。そして「わしもザル碁じゃが乃木もわしに負けんザル碁で、結局、勝ったり負けたりでいい相手じゃった」―と東郷は語っていたという。さらに2人は終日戦っていても両者とも碁盤を挟んで無言。何も言わずに石を下ろすだけで、乃木の方が少し上だった―とも。

乃木は何ごとも東郷を先に立て東郷の意見を聞いていたというが白髪白髭の両紳士が互いに譲り合い、尊敬しあって親しむ様は美しいものだったと作者は褒め称えています。好敵手というべきか、少なくとも碁仇の間柄だったということはあてはまらないのではないかと思われます。約40日間も互いに思いやりながら、日がな一日石を打ち下ろす、その心境は凡人にははかりしれないことなのかもしれません。一節では、乃木は明治天皇の健康状態が気になり、東郷はイギリス留学で口数が少なくなったとある。

(庚午一生)

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