【因島総合病院100周年記念特集】「病院が可愛い」元総婦長・橋本茂野さん


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「病院が可愛い」

因島総合病院元総婦長・橋本茂野さん(95)


橋本さん(前列中央)と歴代職員

私は因島の日立造船で働く同郷の夫に嫁いできました。そして終戦直前の20年頃に因島病院三庄診療所の看護婦になりました。三庄の沖浜に住んでいたのですが、夜中によく呼び出しがありました。

空襲で工場にケガ人に出て、そのなかに戸手実業などの学徒動員生もいて手当てをしてあげました。水道がなかった時代で、英軍捕虜が水を瓶に汲んでくれていました。

終戦は郷里の山口県上関町祝島で迎えました。夫との死別後、昭和26年4月に再び因島総合病院の看護婦になりました。それ以降、石原貫一、松田昭、得能輝男の三人の院長に仕えてきました。

当時は造船所が活況で、労災、胃ガン、潰瘍などの患者さんが多く、多忙でした。緊急手術も度々で、それが終了し気付くと夜明けだったという状況でした。分院の生名村診療所に勤務したこともあります。

楽しい思い出ですが、看護婦仲間と昼休みに水着になり、生名島に泳いで渡り勤務時間に間に合うように泳いで帰ってきたこともあります。

総婦長になったのは55歳の時です。その時に看護婦を育てることの大切さを学び、退職する64歳までの10年間、そのことに力を注いできました。

土生町で暮らしていますが、因島を離れたくありません。100年続いてきた病院が可愛くて仕方ないです。地域のための病院として発展する事を願っています。


因島総合病院元総婦長・橋本茂野さん