因島にて… つかみかけた確信【48】

予期せぬ出会い(2)
 BC級戦犯として処刑された捕虜収容所の村上宅次大尉と因島出身の夫人をテーマに小説に描こうとしている、愛媛県新居浜市の文筆家・越智大円さんが、因島にやってきた。書き始める前に是非とも訪れたかったという。


 しかし夫人について分っていることは、実家が因島で、夫が亡くなったあと因島に帰ったということだけである。名と旧姓、実家の住所も判明していないのである。今回の訪問の目的は、それらの調査ではなく、夫人が生まれ育ち、失意のうちに帰らざるをえなかった土地の雰囲気をつかむことにあった。
 私はまず、その時代に通じる地元の人物に会ってほしかった。ふたりを紹介した。越智さんは、島の全域と墓地を見たいと言った。それぞれ短時間であったが、すべての町を案内した。田熊町と重井町の墓所にも行った。
 彼が一泊するので時間は十分にとれた。問題意識が共有できる人と出会うチャンスは稀である。互いに親睦を深め、遠慮することなく意見交換ができた。とりわけ私は、彼の作品への期待がいかに大きいか、繰り返し強調した。作家自身が処刑された村上宅次大尉になりきり、大尉の立場から、その事件を描いたらどうなるのか、興味は尽きないのである。
 文筆家・越智大円さんとの出会いが、私に与えたインパクトは大きかった。越智さんの作品が世にでなければ、村上宅次大尉の処刑にまつわる真実は、永遠に闇のなかに葬り去られてしまうだろう。私は、因島における太平洋戦争と戦後処理という問題に、引き込まれていった。米軍の因島への空襲と占領下の因島の実態をさらに調査したくなったのである。
 
手付かずの資料が自宅の本棚にある。米軍を中心とする連合軍が作成した日本占領関係資料の因島関係書類である。昨年の四月初旬に国立国会図書館の憲政資料室で入手したものである。
 こうした資料は、研究者にとっては常識的なものである。昨年4月に国会図書館に行き、因島に関係するものがあるか尋ねると、あるとの返事だった。タイプライターで打ったものをマイクロフイルム化したもので、すべてが英文である。胸の高鳴りを覚えた。関係資料のすべてのコピー化を申し込んだ。940枚にもなり、コピー代金が3万円を超えた。
 国会図書館が、米国から入手した資料を関係地域ごとに整理しており、因島関係は14項目あるという。そのうち13の項目名がインターネットで公表されている。
 最初の項目が「航空機活動報告」である。文書名が合衆国戦略爆撃調査記録となっている。米空軍と海兵隊の航空機活動報告のようだ。さらに因島三庄町にあった連合軍捕虜収容所のBC級戦犯の証拠書類に関するものが2項目ある。捕虜側の隊長だったハロルド・アルフレッド・プリチャードの名が記されている。
 他の十項目は、日立造船因島工場と船舶に関係するものである。占領軍の管理下にあった日立造船因島工場と船舶についてのものである。新日本汽船、飯野海運、日本郵船、日産汽船の会社名がでている。
 連合国側が作成した因島に関係する空襲、捕虜収容所、占領の資料は、アメリカやイギリス本国内にはさらに大量に保存されていることは確実であるが、まずは眼前にあるものから始めるべきであろう。
 昨年11月下旬に米国議会図書館から、自主出版本「瀬戸内の太平洋戦争 因島空襲」(2008年5月初版)への注文が届き、私は納品した。こうしたアメリカ側の反応をも励みにして、日本占領関係資料の翻訳に取り組んでみよう。
 おそらくこの作業は長期にわたるだろう。他人まかせにはできない。
(青木忠)

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