追憶 ~甦る日々【9】一章 希望と躓き

夏休みの2カ月間の静養にもかかわらず体調は回復せず、秋には気管支に異常が現われた。咳が止まらなくなったのである。困ったことには、人に対面し会話をしようとすると決まって軽い発作が起き、声が出せなくなってしまうのである。

あの時は、最悪だった。

当時は、合ハイという男女交際のきっかけ作りの行事があった。寮の学生と広島電鉄のバスの車掌(当時はまだワンマンカーではなかった)が合同してハイキングをするのである。バスを借り切って方々を回った記憶がある。

ある草むらで全員が輪になって、自己紹介をし合う機会が訪れた。ここぞとばかり、打ち解けた会話が始まった。みんな楽しそうである。

私はそうはいかなかった。気になる女性がひとりいた。年上の物静かな雰囲気に私はひかれた。そして、口を開き声をかけようとした。しかし無理だった。咳が邪魔をしたのである。

こうした気管支の異常はしばらくつづき、結局のところ大学初年度を棒に振ってしまった。

「希望と躓き」の1年に過去1度もメスを入れたことはない。そして、そのことで、そうした体質を内面に温存してきたようだ。

大学の講義に出席する必要がないと決め込み、文学作品に溺れようとしたものの、それもできず、一年間を無為に過ごしてしまった。ふたつの点で反省せざるを得ない。

まずは、入学して1週間にして講義をサボることにしたことである。今の実感としては、もったいないことをしたという想いが残る。黙って講義に臨めば何らかの収穫があったに違いないからである。

さらに付け加えるなら、講義に出席しないのにもかかわらず、単位習得には熱心であるという往生際の悪さである。講義出席の必要性を認めないのなら単位取得にも同様の態度をとれば首尾一貫するというのに。要するにズルをして進級したかっただけなのである。

次の問題点は、文学作品に関わる姿勢である。日本文学の最高峰の作品群を読むには、それ相当の覚悟と力が求められていたはずだ。講義にも出ないで、寮の一室に閉じこもっている学生にそれらが備わっていたであろうか。

実は、私が文学作品を読むことの大変さに目覚めたのは、ほんの5、6年前のことである。井伏鱒二がそのきっかけを与えてくれた。代表作のひとつである『黒い雨』を読んだ私は、井伏がある作品で因島空襲にふれていることを知った。それから、彼の作品にのめり込んでいった。

まずは、補巻を含めて13巻の自選全集を一気に読みきった。そして、その勢いで、全作品が収められている全集(全28巻)へ挑んだ。しかし、第6巻の途中で行き詰っているというのが現状である。

さらに私は、井伏鱒二の因島関係作品が縁で、全集の編集者のひとりでもある、前田貞昭兵庫教育大教授と交流を持った。教授は私より一回り下の世代であるが、広島大文学部を卒業後、一途に日本近代文学の研究をつづけてきた。教授の井伏鱒二研究に関わる冊子を見せられ、愕然とした。研究は限りなく細部にわたっており、その内容は徹底していた。第一線の研究レベルがどれほどのものなのか、思い知らされたのである。赤面するしかなかった。

あのころの私は、永井荷風への中途半端な憧れから永井荷風ぶっていただけではないのか。当然、その化けの皮はたちまちにして剥がれてしまったのである。

今、永井荷風の作品をじっくりと読んでみたい。

(青木忠)

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