追憶 ~甦る日々【6】一章 希望と躓き

従兄弟の義夫が私に紹介した女性は、和子と名乗った。

彼女は、彼が事前に私に語った通りの、明るくて活発な女性だった。笑顔が素敵で、笑った時の切れ長の目とかなり深いエクボが印象的だった。互いに少しぎこちなかったが会話は進み、時々ふたりで会いましょうということになった。

私はすっかり舞い上がってしまった。恋人ができたような気分だった。大学生になるということはすごいことなんだ、たちどころに恋人ができてしまうなんてと、有頂天の有様である。

このころの私は、ひとつの小説に強い憧れをもっていた。芥川賞作品にもなった、三浦哲郎(1931~2010)の『忍ぶ川』である。これは作者の自伝的小説で、大学生の私が小料理屋につとめる娘・志乃に出会い、様々な人生的な葛藤を乗り越えて結ばれるというのがあらすじである。さらに続編『初夜』が発表された。

『忍ぶ川』はすぐに大空眞弓主演でテレビドラマ化され、その後に映画化され、話題になった。志乃に栗原小巻、私は加藤剛だった。

それを読んだのは高校三年生のときで、姉の書架にそれを見つけたからである。受験勉強に少々うんざりしていて、むさぼり読んだ。家族的な苦難を抱える貧しい大学生の私と、小料理屋につとめる薄幸の娘・志乃――。こうした設定にのめり込むことになった。続編『初夜』は大学に入学して直ぐに購入して読んだ。

喜劇的で、ちょっぴり悲劇的なことには、小説の設定を現実の関係に当てはめる愚かな失敗を犯してしまったのである。さしずめ、小説の大学生が私で、志乃が和子である。私はともかく、知らないところで小説のヒロインにさせられてしまった彼女にはとんでもない迷惑だったに違いないのである。

若いふたり――ともに18歳――のデートは地に足の着かない、ふわふわしたものになった。

当時の広島大学の場合、入学したての男子学生のほとんどが、上下とも学生服を着用しており、スーツ姿の学生は皆無だった。私は入学当初からズボンは替ズボンだった。このいでたちで、和子とのデートに出かけた。大学生であることを強調するファッションである。

それと対照的なのは和子のたたずまいだった。社会人一年生の彼女は、出勤服で職場から待ち合わせ場所にやってきた。ふたりの話はなかなかかみ合わない、打ち解けた雰囲気などつくりだせない。最初はやむを得ないとしても、同じようなデートが数回つづくと焦りが募ってきた。そこで私は、打開を狙って秘策を練った。

彼女へのプレゼント作戦を考え付いたのである。しかし問題なのは、その内容だった。私は思い入れたっぷりに、三浦哲郎の『初夜』を新たに購入して、彼女に差し出した。しかし、彼女の反応は私の期待を粉みじんに打ち砕いてしまった。プレゼントを受け取る理由などないと言ったのだ。要するにふたりは恋人同士ではないという態度を明らかにしたのである。

付き合いの浅い相手の女性に贈るのには、かなり刺激的すぎる本のタイトルである。事実、私もそのことに迷いもあった。しかし、内容は純愛物語だし、読んでくれれば私の真意は分かってくれるはずだと思ったのである。

最初の恋はあっけなく終わった。和子は私からの電話にも出なくなった。その意味も理解できない私はその後も彼女の自宅に電話をかけつづけたのだが、話すことは叶わなかった。やがて、最早お付き合いすることはできないとの長文の手紙が届いた。

(青木忠)

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