時代的背景を紡ぐ 本因坊秀策書簡【72】本因坊家の台所事情(8)

羊羹御恵下され辱けなく存じ候
 安政5年7月2日付(1858)江戸から秀策が義弟島田助五郎にあてた手紙が残っています。前述したように島田助五郎は秀策の妹お信の夫です。お信は天保3年生まれで秀策よりも3歳下。豊田郡本郷町船木の島田家に嫁ぎ2男2女をもうけ明治2年4月、38歳という若さで亡くなっています。


 手紙の内容を要約してみますと、義弟の助五郎から送られてきた羊かんのお礼と、妹お信の帯の依頼に対する返事のようです。「お国元御倹約、高値の品は作り難く、そ末に候えども三原君(城主)からいただいた帯で、お信は今少しよろしきものをと申しますが国中賑々しきと存じられ候」と幕末の世情不安と物価高が続き棋士生活も圧迫されてきたことがうかがえます。
 そ末な帯といっても三原城第9代城主浅野甲斐守忠敬が下されたもので次の手紙から妹思いを感じとることができます。
 四月二日出し華墨亀五郎持参辱けなく拝見仕り侯。先以って御家内御清福賀し奉り候。羊羮御恵み下され辱けなく存じ侯。当方一同無異御安意下さる可く侯。おのぶより文差し越し候得共別に返事いたし申さず左様御伝え下さる可く侯。帯の儀申し越し侯得共格別宜しき品相送り候も御国元御倹約用ひに相成り侯哉斗り難く、殊に宜しき品は高値に侯間拙も作り難く麁末(そまつ)に候得共是は当春拙宅に三原君御出の前愚妻え下され候帯に御座候。その日仕立一日相用ひ侯ばかりに候間有合せに付託末ながらおのぶへ送り申し候間御伝へ下さる可く候。当年は両大守様共御入国嘸かし国中賑々しき事と存ぜられ侯。先は第一報旁々右申し上度早々不具
 二曰 厳暑御自愛専一今日は稽古日雑報推読下さる可く候。呉々も帯は麁末には侯得共三原侯御恵みにて有合せにつき相送り候こと、おのぶは今少しよろしきのおと申す可く侯得共然るべく御伝え下さる可く侯。
 秀策は嘉永元年9月、第十四世本因坊跡目を願い出るため幕府に提出した親類書きによると、松平安芸守領芸州豊田郡船木村百姓、島田伊之助妻お信とあります。ところが、お信の墓碑には島田助五郎信貞妻御調郡因島外浦桒原和三女享年三十有八と書かれています。島田伊之助は当時、船木村の庄屋をつとめ敏腕家として名望があり、村を流れている沼田川支流の治水に功績があったと伝えられています。しかし、この地方の割庄屋の地位をめぐり毒殺されたという話も残っています。信は伊之助の死後、弟の助五郎と再縁したと考えると辻褄があうのではないでしょうか。
(庚午一生)

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