続・井伏鱒二と「因島」余録【3】昭和六年 土井家弔問から

これに対し、『林芙美子全集第十六巻』(文泉堂出版 293頁)=写真=には昭和6年について次のように記載されている。

一月、「春淺譜」を朝日新聞に連載するが、失敗作であったと自ら認めている。「朝日グラフ」に写真がのる。サカロフの舞踊、映画「嘆きの天使」を観る。
二月、岡山の祖母(義父の母)、母を連れて、奈良、京都、伊勢に旅行。
三月二十九日、読売講堂で催された「女流文芸講演会」に出席。
四月、啄木祭に招待され盛岡へ赴く。このころから流行作家として身辺が多忙になる。
五月、友人中村鉄の東京美術学校(東京芸術大学)卒業を記念して、稲田登戸に花見会を催す。母が、桐生へ商売に行っている義父の所へ行くため上京。
六月二十日ごろ、浅草カジノフォーリ―で「放浪記」が上演される。
九月、信州の義姉より子死亡。
十一月四日、朝鮮、満州、シベリヤ経由で渡欧、主としてパリに滞在。五日付「朝日新聞―文芸時評―」で、「清貧の書」が大きく取り上げられ、高く評価された。パリではモンパルナスに下宿し、芝居、オペラ、音楽会、美術館に通い、ドーミエの画集などを買うが、金銭的には苦しく、両親の扶養のためにも執筆を続け、故国に原稿を送った。またパリでは考古学者の森本爾六と親交があった。

とあり、因島の土井家弔問はもとより、前日に尾道であった文芸講演会のことすら記述されていない。この文芸講演会ははもともと林芙美子が昭和5年8月に改造社から「新鋭文学叢書」の一冊として『放浪記』を刊行しベストセラーとなった凱旋報告会でもある。本来、林芙美子の年譜に詳述されてしかるべきであるが、「林芙美子全集」の年譜には全く触れていない。

(石田博彦)

『林芙美子全集第十六巻』(文泉堂出版 293頁)

 

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