咸臨丸に乗り込んだ尾道出身の医師「長尾幸作」について

江戸幕府の軍艦「咸臨丸(かんりんまる)」に乗り込んで米国を視察した福沢諭吉ら二十代の若者の中に尾道出身の医師、長尾幸作がいた。万延元年(1860)1月、勝海舟が率いる軍艦は50メートルそこそこの木造船。短期間の訓練で8,000キロの太平洋を横断することは無謀な船旅であったとしかいいようがない。

品川の港を出航したのが150年前。開国間もない日本は欧米列強の波にのまれかねない危機感に若者の熱い思いが重なり合い国難に立ち向い明治維新のエネルギーになったことはたしかである。

長尾幸作のちの土居咲吾は天保6年10月生れで本因坊秀策よりも6歳若い。21歳で京都に上り医学を学び安政6年25歳で江戸に下り蘭学を学んだことでアメリカ派遣を聞くや百方奔走。秀策に理由を告げず借金をして木村摂津守の従者として渡米した。帰国後、福沢諭吉の誘いを断り尾道に帰り父の後を次ぎ医業に精励、洋学所を開設するなど教育振興につとめたという。昔の若者がうらやましい。

(村上幹郎)

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