リヨンでの妊娠

こんにちは、Haruです。まず連載の第1回目は、フランス・リヨンでの妊娠についてです。何しろ、ノルウェー人の夫と日本人の私が、フランスのリヨンで妊娠してしまったのだから、それからがもう毎日発見・模索の連続でした!!

フランスのTGV(超高速列車)の中で

その頃私と夫はフランスのリヨンに4ヶ月ほど住んでいた。もしかしたら?!と思って自分たちで検査紙を買ってためしたら、ポジティブ(+)と判定。さあ、どうしよう?

どこの病院に行くのかも分からない。そして何やら住民登録をしたらお医者の登録もするらしい。そして在リヨン駐日大使館のホームページに英語の話せるお医者のリストを発見。それから一番家から近いお医者に電話して、夫が何とかフランス語を駆使しながら少しずつ勘違いも乗り越えながら作業が進んでいく。

電話をしたらとても朗らかな先生のようでじゃあ明日おいでと言われ、地図を見ながら行くと、アパートの一室にドクター○○と書いてあった。日本のテレビでみる田舎のお医者の一室よりもより普通の部屋だと思った。そこで妊娠しているかもしれないと話をはじめると、名前や住所、最終月経の日、体重測定の結果などを登録。すると1枚のプリントにこれからのスケジュールがリストになって出てきた。今何週目で、この週に血液検査、この週に超音波をなど。受診料は先生に直接支払った。

日本で買っておいた本では、初診では触診や尿検査などで妊娠の判定をするとあったので、何もせずに帰ってきた私はまだ家族には内緒にしておくことにした。

次の定期検診でも体重測定と話だけで、血液検査も超音波もそれぞれの検査をするクリニックに行ってした。超音波は3ヶ月頃だったと思う。

「echographyをしました。すごいきれいな写真をみました。赤ちゃんは元気です。私たちも元気。」(夫が私の母に宛てたメールより)

どちらのクリニックもプライベートできれいなところで、採血もとても上手で清潔で安心した。採血だけを専門にしているところはこれだけ上手になるのかと感心した。超音波のクリニックでは、多少英語の話せる先生だったので通じ合うことができた。ここの先生には私のかかり付けのお医者さんから紹介状が渡されていて、それには「この夫婦はあまりフランス語が話せない。もし何かあれば私にいつでも連絡下さい。」という内容のものが書いてあった。これはとてもうれしい1枚。

そして4ヶ月目の7月、夫と悩んだ末、夫の母国であるノルウェーでお産をしようということに決めた。

筆者紹介

Haru
Haru
こんにちはHaruです。18歳まで因島で育ち、三庄小、三庄中、尾道東高の出身です。現在は北欧・ノルウェーの首都オスロに夫(ノルウェー人)と息子(名前は幸一)の3人で住んでいます。2004年12月にオスロで初めての出産をし、ただ今幸一君は1歳6ヶ月です。妊娠・出産・子育てはすべてが初めての驚きと発見の連続でした。そんな私の初体験を「北欧からの子育てだより」にしてお届けしたいと思います。

ノルウェーは、湖がたくさんあって、瀬戸内海に似た風景があちこちにあります。北欧の人はみんな自然が好きで、重要であることをよく知っています。ある人は雪のダイヤモンドダストのことを話し始めると目がとろんとする。人間的には落ち着いたのんびりした人が多いかなあ。でもヨーロッパ人は外見みんな大人っぽいですが。。休日には多くの人が別荘(小屋)に行ったり、山歩きしたり、ベリーを摘みに行ったりしますよ。

私と夫はモダンダンスが大好きで、イギリスでモダンダンスの留学中に知り合いました。寝ていた幸一君の首がすわり、首が動き、座るバランスがとれ、後ろ下がりから前進へ、4つんばいのメカニックができ、2本足で立てる力がつき、そこでバランスと転げることを何回も繰り返して歩くことを覚えました。幸一君と遊んでいると時間がどこかへいってしまいます。

そして、つたい立ち、つたい歩き。今は、やっと歩けるようになったかと思うと、もう走ろうとしています。手を上げたり片足でバランスを取ったり足踏みを楽しんだり、子供は身体を動かすのが大好き!子供とのダンスにも興味津々な日々。

北欧での子育て。私たちは「自然にも人にも思いやりのある元気な子供」に育って欲しいなあと思っています。

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